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大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)1787号 判決 1973年5月30日

控訴人 国 外二名

訴訟代理人 藤本幸弘 外一名

被控訴人 松野宣文

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

付帯控訴に基づき原判決を左のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人に対し金八三〇万四、〇〇〇円およびうち金七六〇万四、〇〇〇円に対する控訴人国は昭和四四年一〇月一三日以降、控訴人三重県、同熊野市はいずれも同月一四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの連帯負担とする。

この判決第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者らの申立。

(一)  控訴人ら(共通)

原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも全部(附帯控訴費用を含む)被控訴人の負担とする。との判決および、控訴人熊野市、同国は予備的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

(二)  被控訴人

本件控訴をいずれも棄却する。

原判決中破控訴人敗訴の部分を取消す。

控訴人らは各自被控訴人に対し、金二、二四一万六、〇〇〇円およびうち金二、〇四一万六、〇〇〇円に対する控訴人国は昭和四四年一〇月一三日以降、控訴人熊野市、同三重県はいずれも同年同月一四日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも全部控訴人らの負担とする。

との判決および第三項につき仮執行の宣言。

第二双方の主張および証拠の関係は、左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(一)  控訴人熊野市の主張

一  控訴人熊野市(以下控訴人市と略称。)は、本件かけ橋などが台風などによつて流失または損壊したときには、三重県に報告してその指示を求め、人命の損傷などを未然に防ぐため応急的な橋を架し、又は高潮時や回遊路が損壊した場合には控訴人市の職員によつて、「通行止め」の標識を立てたことは事実である。しかし、それらはいずれも管理者三重県の単なる手足としてその補助をしたにすぎないものである。そのことは、左の諸点から考察すれば明らかである。

(1)  本件については公園事業執行者たる三重県が管理者であることは明らかであり(国立公園及び国定公園事業取扱要領第一八)、公園事業執行者は施設の管理、経営の方法を定め主務大臣に届け出なければならず(自然公園法施行令九条)、前記取扱要領は、その届出方式を定めている(第一九、様式一三)。しかるに控訴人市は三重県から本件施設の管理を委託されたこともなく、三重県は、本件施設の保全または補修の方法について何らの届出もしていない。このことは三重県としては、本件事業は直営であるとする意思の表れ以外のなにものでもない。

(2)  右応急架橋は、三重県の本格的な修復工事の施行までの一時的なもので、その都度三重県に事故報告をなし、その承認を得てなしている。

(3)  その費用は、本来国の補助金および三重県によつて支弁されるのが筋であるが(国立公園及び国定公園施設整備費国庫補助金交付要綱)、その工事費が少額の場合には請求しても支払われないのが通常であつたので、政治的に弱い立場にある控訴人市としてはやむなく自弁している。しかし、その結果出来上つた応急的施設の占有権、所有権は三重県に帰属し、控訴人市には、その応急的架橋等の行為について「自己のためにする意思」もなければ、これを「所有」しているとする観念もない。

(4)  本件かけ橋または回遊路などの補修費は、控訴人市の災害費予算には計上されていない。

二  このように、前記控訴人市の行為は、あくまでも三重県の手足としての行為である。国家賠償法二条の内容は民法七一七条と同一であつて、民法七一七条の適用にあタツては占有補助機関に当該責任を生じないのと同様に、国賠法二条の適用においても管理補助機関にまで、賠償責任は生じないといわざるを得ない。すなわち、公物の管理行為は、私人間の管理ないし保存行為と本質的な差異はなく、それが公共の福祉の実現と密接な関係をもつているため、特別な取扱いが認められる場合があるに過ぎず、管理の機関ないし道具にまで責任の範囲を拡げる解釈は、はなはだ不当である。

三  原審は控訴人市の責任を生ずる標識として(イ)本件回遊路の新設に当り控訴人市が自然公園法二七条の受益者として寄附したこと、同熊野市観光協会の職員に市の嘱託として見廻り、危険な場合の入場制限をさせていたこと、内国道四二号線より鬼ケ城東口にいたる市道の取りつけをしたこと、を挙げている。しかし、これらは次のとおりいずれも失当である。

(イ) 自然公園法二七条一項は、国が事業執行者である場合のいわゆる自治負担を定めたもので、受益者負担を定めたものではない。本件の場合に強いて地元市負担を課し得る規定をさがすとすれば、地方財政法二七条であろうが、本件の場合そこにいう「土木その他の建設事業」に当ることに疑問があるのみならず、県議会の議決がない。いずれにしても自治負担を課すことからは、事実上の管理者たる標識は出てこないのであつて、鬼ケ城の国立公園指定が地元民の要望によつたこと自体も事実上の管理者にあたるかどうかとは関係がない

(ロ) 観光協会は、控訴人市とは別主体である。資料館は同協会が独自にその財源確保のため設けたものである。市の観光課長がその事務局長をしているのは常勤の職員がなくお手伝いをしているものである。台風時の入場制限は観光協会が実施しているのであり、これに市の職員が協力するのは、協会職員が老令と人手不足のためである。

(ハ) 市道の取り付けは、観光バスの大型化と増加に伴い、受益者である鬼ケ城センターの協力を得て改修したもので、当然やるべきことをやつたまでである。

四  控訴人国も主張するように、本件公園事業は特許事業として三重県が行つているものであつて、補助金の交付先も都道府県に限られる(前掲補助金交付要綱第二)のであつて、控訴人市は法制上、経費面からも事実上の管理すらできないようになつているのである。かくて国立公園の管理一般はもとより、公園事業の執行に関連する事故、災害の発生の防止方、それらの利用の適正化のための指導員制度などの設置方について、行政上国と県が緊密な連絡をとつているが、地元市は全く疎外されているのであつて、このことは、本件管理の実体を考える場合に見落せない要素である。

五  後記控訴人三重県の主張をすべて援用する。さらに被控訴人が飲酒していたことは明白である。その証人らが警察官であることから、その証言が信用できないとするのは合理的理由がない。

(二)  控訴人国の主張。

原判決は、本件周回路の設置管理者は国であると判示する。しかし、そうだとすると、地方公共団体が自然公園法第一四条第二頃の規定により国立公園に関する公園事業の一部を執行する場合、国と当該地方公共団体が、その一部の執行としての営造物の設置管理について重畳的に責任を負担することとなるのであるが、かかる解釈は、同法第一四条の解釈を誤つたものである。

自然公園法は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることを目的として、昭和三二年に制定されたもので、自然公園として国立公園、国定公園および都道府県立自然公園の三種類が規定されており、このうち国立公園は、わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地で、環境庁長官が自然公園審議会の意見を聞き、区域を定めて指定したものである(同法第二条第二号、第一〇条第一項)。すなわち、わが国立公園は、公園的利用という観点から一定の区域をその土地の所有権のいかんに拘らず国立公園として定めたものであつて、いわゆる地域制公園に属し、アメリカのごとく国立公園は原則として国有地であるとするいわゆる営造物公園(わが国の都市公園は、営造物公園である。ちなみに、営造物公園たる都市公園については、都市公園法第五条第一項において原則として設置者たる地方公共団体が公園施設を設置管理する旨を明らかにしている。)とは異なり、その区域には国または地方公共団体の所有する土地のみならず、私人の所有する土地も含まれているのである。このように、国有地以外の第三者所有の土地を含めて国立公園に指定するのは、前述したように、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、この利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養および教化に資するという公共の福祉の要請があるからである。それ故、国立公園全体の保護と利用の適正を図るため、環境庁長官が国立公園に関する公園計画および公園事業を決定し、これを廃止しまたは変更することとしているのである(同法第一二条第一項、第一三条第一項)。

ただ、このようにして決定された国立公園に関する公園事業の執行について、同法第一四条は、国、公共団体およびそれ以外の第三者がそれぞれ分担すべきものと定めている。すなわち、同条は、国立公園に関する公園事業を国において単独で執行するのを相当とするときは、国が執行すべきものとしているが(同条第一項)、公共団体(同条第二頃)またはその他の者(同条第三項)において一部を執行するのを相当とするときは、その一部をこれらの者が執行することができることとしている。而して、同条にいう「公園事業の一部」とは、自然公園法施行令四条所定の各施設毎に決定される数多い公園事業(自然公園法二条、一二条)のなかのある一部を指すものであつて、ある特定の宿舎事業の一部とかあるいは特定の園地事業の一部とかいうように、個々の事業の一部を指すものではない。したがつてこの三者の関係は、いわば並列的な関係と解するのが相当であり、公共団体が執行している部分について、国が競合的ないし重畳的に公園事業を執行するということはありえないし、また、国および公共団体以外の者が執行している部分について、国ないし公共団体が競合的ないし重畳的に公園事業を執行するということはないのである。しかして、国以外の者は、環境庁長官が決定した国立公園に関する公園事業を単独で執行することはできず、その一部のみを執行することができるのであるが、この場合においても、その一部を執行することにつき環境庁長官の承認または認可を要するのであつて(同条第二項第三項)、国以外の者の申請にもとづいて、環境庁長官は、申請者が国立公園に関する公園事業を執行する適格を有するか否か、その申請にかかる事業の執行計画が相当であるか否かを審査して、右の承認ないし認可の処分をするのである。そしてこの承認または認可は、国が専権的に有する右公園事業の執行に関する権利義務の一部を国以外の者に譲渡ないし委任するという趣旨のものではなく、この承認または認可によつて当該一部の執行としての営造物の設置または管理について国が責任を負うことは、ありえない。また、前述したように、国立公園の計画、事業決定、その廃止または変更の権限が環境庁長官に帰属しているからといつて、国に設置または管理の責任があるということもできない。さらに、公園事業の執行に要する費用は、その公園事業を執行する者が負担し(同法第二五条)、国は、予算の範囲内において、政令の定めるところにより、公園事業を執行する都道府県に対して、その公園事業の執行に要する費用の一部を補助することができるが(同法第二六条)、この補助金の支出によつて、国が国家賠償法第三条により責任を負担することもありえない。

しかるに、原判決は、本件周回路が国立公園に属するという一事のみによつて、本件周回路の設置管理者は国であると断定し、国は、設置管理の責に任すべきであるとしている。

しかし、本件周回路が国立公園の区域内に存在することは、なんら国にその設置管理の権限を基礎づけるものではない。わが国の国立公園が地域制公園である以上、このことは多言を要しないところである。

(三)  控訴人三重県の主張。

一  本件かけ橋の山側に柵のなかつたことは、施設または管理の瑕疵に当らない。

本件かけ橋は一見して危険な自然環境のもとで、通常の注意能力をもつた人間が、通常の注意をもつて通常の方法で歩行すれば絶対安全なように計画設置されている。すなわち、本件かけ橋を含む周回路は、附近の地勢地形と相まつて極めて危険な状態であることは一見して明らかであり、これを通行するものは本能的に危険を感じ、いわゆるスリルを満喫するところに周回路巡りの魅力がある。そして、本件周回路は山側から海側を見るため設けられているので、海側に対する転落防止または恐怖感を消除、沈静させるため、海側には柵を設けてある。そこで、通行者は、海側の柵に片手を託しまたはこれを握りながら慎重に歩を運び、途中景観を俯瞰展望しようとするときは歩行を止めるか、除行して海側の鉄柵に身体を寄せて足場を固めたうえでなすべきであり、又一般通行者は危険を避ける人間本能の行動として、特別の説明や警告がなくともそうするのが普通である。従つて、本件周回路は海側の鉄柵によつて通常の歩行者に対する安全機能を充分に具備し、現実に機能していたのである。

このように、本件かけ橋は山側に柵がなくとも、通常の歩行者が転落する危険性は絶対にないことは物理的に明白であつて、元来、眼をつぶつたり、後向きに歩いたりする様な異常な方法や、海側の柵を利用せず、脇見して通常の注意をしないで歩行する者に対してもなお絶対安全という目的の下に計画、設置したものではないから、山側に柵のなかつたことは施設の瑕疵とすることはできない。

二  被控訴人がどうして柵のない山側から転落したのかは不明である。被控訴人はこれを単に「歩行中足を踏みはずして」というだけで誤つた原因を明らかにしないが、その原因如何では、施設管理と関係のない場合もある。すると被控訴人の主張は要件事実を具備しないこととなる。しかしいずれにせよ被控訴人が転落したのは、同人が異常な歩行方法で歩行していたか又は次に指摘する様な重過失によることは明らかであつて、本件かけ橋の設置目的からいえば全く予想しなかつた事故であり、その設置目的の範囲内の事故ということはできない。

三  被控訴人の転落の原因と重過失について

(1)  被控訴本人の原審供述によれば、被控訴人は本件かけ橋および回遊路の海側には柵があるが山側にはないことを知つていた。然るに被控訴人は、ほとんど折返しのように短かい距離の間における帰路に際し、これを忘れたか或いは全然無関心か、または全く注意を払わないで、漫然として恰かも普通の路を歩くような方法、態度で歩行したのは、自損行為にも比すべき重大な過失である。

(2)  往路においては、身体の右部分が海側の鉄柵に面するから、自然右手がこれに触れ、左得手の者でない限り、危ないと感じた場合無意識反射運動として、必然的に右手で鉄柵を握るが、身体の右側をこれに寄せて身体の支え、安全感の支えとする。

(3)  仮りに、本件かけ橋の山側にも鉄柵があつたとしても、右被控訴人の無関心、不注意な歩行方法、態度からすれば、鉄柵の構造からみて、普通道路の路肩よりも著しく鋭角的な橋肩から突然足を踏み外すせば、橋肩と鉄柵の間の約一米の空間から転落することは免れ得ないところであつた。

(四)  被控訴人の主張。

一  原判決は、被控訴人の損害を金二、七四一万六、〇〇〇円と認定し乍ら、うち約七五パーセントにあたる二、〇四一万六、〇〇〇円を過失相殺によつて減額した。しかし次頃に述べるとおり本件において過失相殺をすることは不当である。

また、本件訴は訴訟技術的に弁護士に委任する必要があり、被控訴人は請求認容額に応じ、被控訴代理人らに成功報酬を支払うこととなるが、うち少なくとも二〇〇万円は不当に応訴する控訴人らにおいて負担すべきものである。

よつて、本件附帯控訴により右第一審が減額した損害額の全部と弁護士費用の合計と弁護士費用を除く部分に対する第一審請求どおりの遅延損害金の支払を求める。

二(1)  観光客の多数来集する地における営造物の設置管理の瑕疵による人身事故の発生は、いわば確率および運、不運の問題である。すなわち営造物の設置、管理に瑕疵があつても、事故は稀に偶然発生するのであつて、事故の発生がなければ、或は稀少であるから瑕疵は存在しないとは言いきれず、又稀にしか発生しない事故は被害者の過失によるものとも言いきれない。

本件かけ橋は山側においても転落の危険性がある個所であり、事故防止のためには、山側にも柵ないし同様の効果を有する施設を設けることが必要で、それらが自然公園の性質上できるだけ人工を排し、工作物の設置を必要最少限に止めるという要請を害するものではなく、その工事は極めて容易且少額ですむ。すると、この山側に転落防止施設を設けていなかつた点で本件かけ橋には設置管理の瑕疵が存するのであり、偶々事故に遭遇した被害者はまことに不運、不幸ではあるが、その原因が右瑕疵に基づくのであるから、その設置、管理上の責任者がその償いをするのは当然である。

(2)  控訴人らは、被控訴人の過失として(イ)写真を撮ろうとしていた、(ロ)飲酒していた、(ハ)強い近視であつて眼鏡が適合していなかつた、(ニ)てんかんの発作等を主張するが、その事実はない。被控訴人は、通常の観光客と何ら変るところのない状況方法で歩行していたのである。しかるに控訴人らはさらに、(イ)多数の観光客中、控訴人以外に転落した者がない、(ロ)被控訴人の同行者十数人も転落していない、(ハ)スケジユールかつまつて分砂を惜しんで歩行上の注意を怠つた等、事故の稀少性の故に、あるいは転落ということ自体のみによつて、本件事故の原因を被控訴人の過失と主張するが、これらは結果論にすぎない。この点原判決も何ら具体的な過失の認定がなく、稀にしか人の転落しないところで転落したのだから、過失があつたに違いないとするもので、事故の犠牲者に対し余りにも酷であり、転落した者の方が不注意であつたとは必ずしもいいきれない。

(3)  このように、具体的な不注意が認められないのに、結果論から過失を憶測して過失相殺をすることは不当であるが、かりに、この転落という結果の発生のみをとらえて、過失相殺の原因となる具体的過失と考えるのであれば、その程度はとるに足らないもので、原判決の様に七五パーセントも減額するのは著しく不当である。

三  被控訴人の転落の原因は、歩行中左足を踏みはずしたことと、その個所である本件かけ橋の山側に柵のなかつたことであり、これで要件事実の主張として十分である。控訴人三重県の主張は理由がない。

四  控訴人国の責任については原判決理由三、3、(一)を援用する。

(五)  証拠関係<省略>

理由

一  本件に対する当裁判所の判断は、事故発生の態様および被控訴人の転落が本件周回路の設置管理の瑕疵に因るため、控訴人三重県および熊野市はともに国家賠償法二条の設置管理者としての責任を負わなければならないこと、並びに本件事故により被控訴人の受けた財産上の損害、および事故につき被控訴人にも過失が存するとみられることについては原判決とその見解を同じくするが、控訴人国の責任については、同法二条ではなく同法三条によつてその責を負うべきものと考える。

そこで、当裁判所も原判決理由一ないし四の説示(但し三3(一)および四(二)(3) を除く)はすべて引用するが、控訴人国の責任についての原判決理由三3(一)の部分を後記二の(1) および(3) のとおり訂正し、更に、控訴人熊野市の責任について後記二の(1) (2) のとおり、本件かけ橋の設置管理の瑕疵については後記三のとおり、転落の原因および被控訴人の過失については後記四のとおり各補足する。

次に損害賠償額の算定については、被控訴人の右過失の程度に鑑み、後記五のとおり財産上の損害につき過失相殺をし、原判決の慰謝料額に変更を加え、当審における弁護士費用の請求の一部を認容し、本件控訴は理由なく、附帯控訴は一部理由があるので、主文のとおりの支払を命ずるものである。

二  控訴人国および熊野市の責任について。

(1)  本件周回路は三重県が自然公園法一四条第二項により厚生大臣の承認を受けて、国立公園に関する公園事業の一部の執行として設置したものであるから、自然公園法上は、三重県のみが執行者であつて、国および市はこれに当らないことはもちろんである。しかし、その故に直ちに国家賠償法上の責任も県のみが負うべきであるとの結論は導き出されないのであつて、国家賠償法が憲法一七条の被害者救済の精神をうけて公の営造物の設置管理の責任の所在を明らかにしようとする趣旨、およびこれについて民法七一七条但書のように占有者免責の規定も置いていないことを考慮に入れると、本件においても、国あるいは市が、自然公園法上の執行者たる県と並んで、右公園事業と密接な結び付きを持つと認められる場合には、被害者に対する関係においては、国あるいは市も国家賠償法上の責任を負い、同法四条、民法七一九条により各自連帯して支払義務を負担するものと解さなければならない。

(2)  以上の見地に立つて、まず控訴人熊野市の責任について考えてみる。(イ)、原判決認定のように鬼ケ城は熊野市の殆んど唯一の観光資源であつて、本件周回路も熊野市の要望により出来たもので、設置当初費用の一部を寄付の形式をとつて負担し(ロ)、<証拠省略>によると、その設計も市の方でしたものを三重県が審査して国に設置を申請したものであり(ここが風致地区のため、文化財保護法上具体的な設計承認を要する)、(ハ)、その後原判決がその別表に認定するとおり、しばしば改修が加えられたが、その都度熊野市はその費用の全部又は一部を支出し、本件第五橋梁の本件事故前これに最も近い昭和三八年の災害復旧工事も全額熊野市の負担でなされており、右災害復旧工事の内容は、本件事故後にも同所の橋が二度まで台風の波浪のためえぐり取られたこと、その他口頭弁論の全趣旨より見て、新規に設置せられたものと認定するのが相当であり、(ニ)、本件周回路は後に判断するとおり鬼ケ城の景観を通覧するのに欠くことのできない施設であつて、熊野市は地元の観光振興のため、原判決認定のとおり市道の取付を行つて観光客の便宜にも意を用い、荒天時には通行止の措置を行つていたものである。このような事実を総合して判断すると、控訴人熊野市は、本件周回路の内でも、とくに本件第五橋梁の設置は自らこれをしたものであり、その管理行為は、地元の観光振興および観光客の安全保持のため、地元公共団体としての独自の立場でこれをなしているものであつて、控訴人主張のように単に三重県の補助機関としての事実行為をしているに過ぎないものとは認められない。従つてもはや、右費用負担の自然公園法上の根拠を問う迄もなく、控訴人熊野市は本件周回路全体については兎も角、少なくとも自ら設置に当つた本件第五橋梁につき、後記三のとおり設置管理の瑕疵があつたと認められる以上、同控訴人は国家賠償法二条の責任を免れることはできないものである。

(3)  次に控訴人国の責任について考える。原判決認定のとおり国は本件周回路の設置に際し、その費用の半額を支出し、その後においても前記別表23510に認定のとおりその改修に相当の費用を支出し、<証拠省略>によるとその額は必要経費のほぼ二分の一ということである。尤も、右国の支出は、自然公園法二六条による補助金の交付という手続でなされていて、同法二五条によれば、それは法律上義務的な負担ではない。しかし、本件において右補助金支出の実体をみると、その様に設置の始めに支出しただけでなく、その後の改修にも度々相当の支出を続けており、国の費用負担の割合が二分の一近くにもなつていることなどを総合すれば、実質的には、元来国が執行すべき国立公園に関する公園事業を三重県に特許して執行させる代りに、補助金交付の名目で費用の一部を国が負担しているものとみることができる。

しかも、国家賠償法三条の費用の負担の観念は、その名目に捉われず、実質において判断すべきものであるから、右補助金交付の名目による本件周回路に対する国の支出は、同条にいう費用の負担にあたり、控訴人国は同条の適用を免れないものというべきである。

なお、被控訴人から右国家賠償法三条援用の明示の主張はないが、被控訴人は当審において、原判決理由三、3(一)を援用し、そこには国が費用の補助をした旨の事実も認定されているので、右法条に基づく主張は存するものと解され、一方控訴人国も前掲事実欄記載のとおり、被控訴人より同条適用の主張があつたものとして答弁しているので、当裁判所も本件に右法条の適用をなし得るものと解する。

三  本件かけ橋の設置管理の瑕疵の有無について。

(1)  右のごとく各控訴人について国家賠償法を適用すべきものである以上、本件かけ橋の山側に柵の設置されていなかつたことが、本件周回路の設置目的との関係で瑕疵となるかどうかが問題となる。

本件周回路は原判決認定のように波濤の浸蝕により生じた奇岩、洞窟の連続する断崖の中腹、海面から十数米ないし二〇米の高さのところに、東西約一粁に亘り、巾員七〇ないし八〇糎の歩道を岩をけずり、岩の亀裂したところには同じ位の幅のコンクリート橋をかけて設置してあるもので、その海側に高さ約七〇糎の鉄の柵が設けられ、本件事故当時橋にはすべて海側にのみこれと同様の柵が設けられてあつたが、その柵は<証拠省略>によれば太さ約二糎の鉄パイプを地面に挿し、七〇糎ほどの高さのところで水平に折り曲げ、一米位のところでまた下方に折り曲げたものであるから地面との間は空間となつている。

そして、本件周回路の設けられる前はそこに別段の施設はなく、観光客らが通り易いところを選んで岩を渡り歩くにまかせていたため、特に高波にのまれる等の事故も生じていたが、国鉄紀勢線の開通と国道二四号線の改修に伴う観光客の増加に伴い、その便に資するため設けられたものであるが、これによつて、鬼ケ城の景観を通覧するには、非常に便利になつていて、その存在することが、鬼ケ城の観光価値を著しく高めている。従つて本件周回路が前記の様な形状である以上、控訴人らの主張する様にいわゆるスリルを味わうに適した施設であるに相違ないけれども、他面、その利用者としては、本件周回路上を歩行する限り、前記岩を渡り歩く等の危険を冒さなくても、一応安全に前記断崖の景観を見て歩くことができるとの期待を持つことも否定できない。すると、利用者の側に相当の注意が要求されることももとよりではあるが、施設の側も、右利用者の期待に応え得る安全設備を設けるべきであり、その場合その利用者が大部分観光客であつて、多少の気のゆるみや酒気を帯びていることもあり勝ちであることを前提としての配慮がなされなければならない。

(2)  その様な見地からみると、前記のような細い通路の途中で山側の岩壁が亀裂を生じている橋の部分において、海側の柵のみを頼りとし、山側には全くこれを設けていなかつたことは、積極的に観光客等を誘導する回遊施設としては、やはり安全性において不充分であるといわざるを得ないのであつて、控訴人らの主張のように、歩行者か海側の柵に頼ることが期待できるから、山側の備えを欠くも不完全ではないということはできない。

(3)  更に、控訴人らは自然環境保持のため山側に柵を設けないことは己むを得ないと主張するが、<証拠省略>によれば、全長一粁に及ぶ本件周回路の海側には既に前記鉄棒による柵がほぼ全体に設けられているのであつて、これに加えて数個所の橋の部分にだけ山側に更に同様の鉄柵を設けたとしても、全体的な景観上格別の変化はないと認められるし、仮りに局部的に多少美観を損うことがあるとしても、人の生命身体の安全には代えられないと謂うべきであり、過去においてこの種の事故が少なかつたことも、以上の考え方には影響を及ぼすべきではない。

四  転落の原因および被控訴人の過失について。

(1)  控訴人らは、被控訴人が本件場所で転落したのは異常な歩行方法をとつていたか、又は自損行為にも比すべき重大な過失によると主張し、他方被控訴人は原審の過失相当の認定を不当と主張する。

この点を判断するには、被控訴人の転落の模様を具体的に把握することが必要となるのであるが、当裁判所も本件証拠上からは、原判決認定と同じく「歩行中左足を踏み外した」との以上に具体的に掴み得ず、転落の原因について控訴人らの主張する各点も飲酒の点を除いては原判決説示(理由六枚目裏三行目以下のカツコ書きの部分)のとおりこれを認め得ない。

(2)  原審における被控訴人の供述によると、同人はカメラを手にぶら下げたまま普通に歩行していて、急に落し穴にはまる様にして落ちたというのであり、原審証人矢須修は、同人は、その二人前を歩いていて、ふと、振り向いたときに丁度、前向きに歩いて来た被控訴人が左肩から落ちるのを見たと供述し、また原審証人三輪一郎は、被控訴人の後ろを歩いていた岡本こういちから、「左へ消えて行くのを見た」と聞いたと供述する。そして他に目撃証人はいないのであるから、これらを総合すると、具体的には「左足を踏み外した」との以上にその模様を認定するを得ない。<証拠省略>は山側に手を支えていて、亀裂のところで外れ、重心を失つたと思うと述べているが、同人は転落の模様をつぶさに目撃した者でないから、直ちに採用できない。

もつとも、<証拠省略>には、控訴人ら主張の転落の原因(写真を撮り若しくは後方の同僚を手招きするため後向きで歩行していたため)に副う記載がある。または現場の観光客の中から同様の発言を聞いた旨供述するが、以上はいずれも確たる根拠に基づかない伝聞であり採用し難い。

<証拠省略>によると被控訴人は背中を打つたことが認められるけれども、橋から下の岩盤まで相当の距離があることを考えると、右事実があつても、直ちに、後ずさりして落下したと認めることはできない。

(3)  <証拠省略>を総合すれば、被控訴人は当時酩酊には至らないまでも、多少の酒気を帯びていたものと認められる。すなわち、右証人らは本件事故現場へ救助に向つた警察官であるが、証人前田は被控訴人を乗せた戸板およびタンカの一端を持つた際ならびにパトカーの中で、証人山西は被控訴人をパトカーに乗せるため、被控訴人を抱えたとき、顔が近接した際、証人鈴木は転落現場の下へ降りて被控訴人に近接した際、いずれも酒気を感じたというのであるが、右各証人らは、いずもれ平素交通取締にも従事していたのであるから、酒気の有無に関してはとくに敏感であつて、その供述の信頼度はかなり高いものと考えて差支えない。そうすると、前掲各証言はいずれも措信するに足り、<証拠省略>中これに反する部分はたやすく措信し難い。なお右証人らはいずれも、警察官が下へ降りて救助を手伝つたことを否定するけれども、三輪一郎の原審証言中警察官が引き上げるのを手伝つてくれたとの部分ならびに前掲前田時男の証言中「鈴木証人に下へ降りるように指示した」旨および一同人が下でロープを引つぱつていた」との部分に照らしたやすく措信できない。原審証人小林進の証言中酒気を感じなかつたとの部分は、事故後幾分時間を経過した時点でのことであるから前認定の妨げとはならない。

しかし、その酒気帯びの程度は、これを確定し難く、それによつて足元がふらつくなど、これが前記左足を踏み外したことの直接の原因となつたと認めるに足る証拠はなく、むしろ<証拠省略>によれば、被控訴人は事故発生前この地点へ到着するまでの状況をよく覚えている位であるから、酩酊状態のあつたとは到底認められない。

(4)  このように転落の直接の原因は、前方に向け歩行中左足を踏み外したことにあると認められる。控訴人らは、右「左足を踏み外した」というだけでは、その転落と本件施設の瑕疵の因果関係が十分でないとか(被控訴人の主張が要件事実を欠くというのは、その趣旨と解せられる。)、或は山側に柵があつても、その高さから考えて、その空間からの転落は免れないとも主張するが、少なくとも柵があれば、それを掴むなりして転落を回避し得る可能性は否定できないのであるから、転落の態様を右認定の程度以上に具体的に確定できないでも、本件施設の瑕疵と転落との因果関係を肯認すべきである。

(5)  しかして、被控訴人が、その様に左足を踏み外すに至つたのは、被控訴人自身前記のように、「落し穴にはまつたみたいな状態で」と供述しているのであるから、景観に気をとられて、足元に対する注意を欠いたものというほかはないのであるが、本件において被控訴人の過失の程度を考えるについては、なお次の事実も斟酌しなければならない。

(イ)  本件周回路は一見して危険な個所があることが見通せるので、ここを歩行する者は始めから相当の注意をするのが普通である(検証の結果)。

(ロ)  本件転落事故の如きも全く稀有ではないにしても、従来他に事故は非常に少い。

(ハ)  被控訴人自身も危い道だと感じた上、東口から本件かけ橋に至るまでの五つの橋のすべてに山側に柵のないくとに気づいていて、本件橋梁を通過して間もなく引き返す途上の出来事である。

(ニ)  前記酒気帯びの影響も多少は存するが、前認定の様に、観光地の施設であり、酒気帯びの者に備えての安全度も要求されることと対比して考えると、その点において被控訴人を多くとがめることはできない。

すると、被控訴人が本件個所で足元への注意を欠いたことの過失は決して軽いものとはいえないが、そうかといつて異常な歩行方法をとつていたものでもなく、自損行為に比すべき重大な過失があつたものということはできない。そして、本件施設の瑕疵の程度と対比して考えるとき、被控訴人の財産上の損害の負担の割合は、被控訴人が四分の三、施設の設置、管理費任者が四分の一とするのが相当である。

五  損害賠償額について。

(1)  被控訴人の財産上の損害の合計が二、二四一万六、〇〇〇円となることは原判決理由四(一)および(二)(1) (2) (4) のとおりである。前記過失相殺により控訴人らの賠償すべき金額はその四分の一であるから五六〇万四、〇〇〇円となる。

(2)  慰謝料額は、被控訴人が本件事故で遂に生涯回復不能の下半身麻痺で、全く寝たきりの生活を送らなければならなくなつた結果の重大性に鑑み、前記本人の過失も決して軽くはないけれども、なお、控訴人らから二〇〇万円の支払を受けるのが相当である。

(3)  当審における弁護士費用の請求は、弁論の全趣旨に徴し、その必要性は明らかであるが、前記認容額その他諸般の事情に照らし、控訴人らの負担すべきものは七〇万円を相当と認める。

六  以上の次第であるから、被控訴人の請求は、控訴人ら各自に対し八三〇万四、〇〇〇円およびうち弁護士費用を除いた七六〇万四、〇〇〇円に対する請求の日以降の遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として排斥を免れない。

そうすると、本件控訴はいずれも理由がないが、付帯控訴は一部理由があるので原判決は主文のとおり変更すべきものである。よつて民訴法三八四条、三八五条、九三条、一九六条を適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付せざることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 沢井種雄 常安政夫 潮久郎)

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